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2006年5月の5件の記事

2006年5月29日 (月曜日)

F1 モナコGP モンテカルロ市街地コース 2006年

予選から大混乱のレースとなった。

なんといっても、ミハエル・シューマッハ選手(フェラーリ)の全予選タイム抹消の厳しすぎる処分が、モナコGPの楽しみを半減させてしまった。
モナコ・マイスターと呼ばれるミハエル選手は、予選上位ならばレース中の流れで優勝争いができるので、故意にマシンを止めるなんてペナルティ覚悟の危険を冒す筈が無い。せいぜい、ベストラップタイムの抹消か、予選10番手降格が妥当なところと思うのだが。
とにかく、最近のFIAは「フランス」が有利になるような強引な裁定が多いように思えてならない(井出選手のライセンス取消でサードのフランス人ドライバーがセカンドに昇格したり)。

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こんな状況で、今回はフェルナンド・アロンソ選手(ルノー)の一人相撲かと思っていたら、やってくれましたキミ・ライコネン選手(マクラーレン・メルセデス)。
ぴたりと2位に着け、アロンソ選手が一回目のピットストップで燃料給油を少なめにしなければ首位を守れないほどのプレッシャーをかけた。
この状況だと、2回目のピットストップで、アロンソ選手が早めに入らなければならないはずなので、ライコネン選手が逆転できる可能性があった。

と思ったら、2回目のピットストップの直前のタイミングで、3位につけていたマーク・ウェーバー選手(ウィリアムズ・コスワース)がエンジンブローし、セーフティーカー導入。
アロンソ選手とライコネン選手が同時にピットインし、順位は変わらず。
コース上での対決を期待していたら、今度はライコネン選手が防熱板の発火が原因でリタイヤ。全くつきが無い。
レースを終えたライコネン選手は、クルーザーの上でくつろいでいたが、モナコならではの光景だ。

ライバルがいなくなり、あとはアロンソ選手の一人旅。

多くの混乱があったものの、結局のところレース前の予想通り、優勝はアロンソ選手。実力で制したとは言い難いが、かなりの強運の持ち主であることは確かだ。
2位は、最近不調だったファン・パブロ・モントーヤ選手(マクラーレン・メルセデス)。
3位は、ベテランのデビッド・クルサード選手(レッドブル)。
映画「スーパーマン・リターンズ」のプロモーションで、クルサード選手は赤いマントを着用しての授賞式。角張った顔立ち、体格が良くて背の高い、スーパーマンのイメージにぴったりだった。

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次回はイギリスGP、シルバーストン・サーキット。
古くからF1が開催される伝統的なサーキットで、元々は飛行場のフラットな高速サーキットだ。
昨年は地元マクラーレン勢の活躍が見られたが、今年も活躍して欲しいところだ。

2006年5月26日 (金曜日)

ホンダ・インテグラ、生産終了

23日、ホンダがインテグラを7月末で生産終了する、と報道された。

元々は名車シビックの兄弟車「クイント・インテグラ」として誕生し、かつては、スポーティでスタイリッシュで使い勝手の良いコンパクト・ファミリーカーとして人気があった。
何年か前にコンパクト・スポーツカーへとイメージ転向してしまい、以前とは全く異なるイメージとなってしまった。
最近の自動車の流行は、SUV、ミニバン、コンパクト・ファミリーカー、軽自動車等であり、時代に逆行する方向転換が失敗したとも言える。
ただ、現在でも「カローラ」や「旧カローラIIとも言えるビッツ」等は無難に人気がある事を思えば、当初のイメージのまま、しっかりとした個性を持ったクルマ創りをして残して欲しかった。

というのは、インテグラというクルマ、実は思い入れのあるクルマだからだ。

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私が大学生の時に自動車免許を取得して初めて購入した車が、初代のクイント・インテグラ(1.6GSi、3ドア・ハッチバック、5MT)の中古車だった(CMソングは山下達郎さんで印象的だった)。
購入の動機は、その3ドア・ハッチバックの美しいスタイルと、使い勝手の良さを兼ね備えた機能美だった。
そして、まだキャブレター車が多い中、1.6リットルの名作ZC型エンジンにPGM-FI(フューエルインジェクション)を搭載し、車重1トン未満の軽量コンパクトなFF車だった。

一見、2ドア・クーペにも見えて実は3ドア・ハッチバックで、リトラクタブル・ヘッドライトのフロントノーズからテールにかけての流れるような美しいスタイルに一目惚れした(そのうち写真を載せる予定)。
また、ハッチバックの使い勝手の良さも考え抜かれており、リアシートを倒すことで大きな荷物を積むことができ、容量150リットルの大型フロア型スピーカー×2台(1組)を運んだことがある。

そして、F1のテクノロジーがフィードバックされたZC型エンジンは、ロングストロークで低速トルク重視の特性のはずなのに、高回転(レッドゾーン7000rpm)までストレス無くスムーズに吹け上がる、当時では常識外れのとんでもないエンジンだった。
その強力なエンジンと、車重1トン未満の軽量なボディーと、優秀な足回りのおかげで、タイトな峠道ではノーマルのR32GT-Rについて行く事ができるほどのポテンシャルを持っていた。
しかも、エコドライブ時の実用燃費は驚くほどの低燃費で、高速道路では17~18km/Lも走ったことがある。

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といった具合に、初代クイント・インテグラは、スタイルの良さと、使い勝手の良さと、走りの良さを兼ね備えた、とても思い出深い、楽しいクルマだった。
不満と言えば、ボディーの錆びやすさと、電気系の弱さぐらいだったか。

初めてのクルマということでたくさん走り回ったし、未熟な運転で傷だらけににしてしまったが無事故だったし、素直な走りやすさのおかげで運転も上達させてくれた。
社会人になっても買い替えずにそのまま乗りつづけていたが、ある時、パワステのオイル漏れが発生し、修理にはパワステの交換が必要で、高額な修理代がかかるとのこと。
走行距離もあり(走行距離は失念)、他にも不具合が発生するかもしれないということで、そろそろ経済的に乗れる寿命と判断。
ただ、緊急を要する程ではなかったので、とりあえずそのまま乗って、車検切れのタイミングで買い替えることにした。
別れる時は「4年間、いままでありがとう」という感謝の気持ちで一杯だった。

ほんと、思い出のクルマが姿を消すと言うのは寂しい限りで、とても残念だね。



2006年5月22日 (月曜日)

白鵬、優勝決定戦の秘策?(平成18年 大相撲夏場所 千秋楽)

ちょうど家にいたので、久々にテレビの大相撲生中継をじっくり観戦した(朝赤龍-雅山の取組直前から)。

白鵬-雅山の優勝決定戦が行われ、白鵬が初優勝した。

優勝決定戦の直前、白鵬が不可解な行動を取っていたことが気になったのだが、取組後の雅山のコメントを聞いて合点がいった。

「手が大関の汗で滑って突けなかったのが敗因でした。」

白鵬は組み相撲を得意とし、雅山は突き押し相撲を得意とする。
特に、雅山は突き押し相撲で好調を取り戻していたので、優勝決定戦でも突いて来ることはほぼ確実であった。
汗で突く手が滑れば、突き押すつもりでいたほうは遅れをとり、立会からまわしを取ろうとしていた側が有利になるのは当然の結果。
そこで気が付いたのは、汗は白鵬の秘策だったとのではないか、ということ。

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この日は、5月にしては記録的に湿度が低く、空気が乾燥した一日だった。
実際、本割の把瑠都-白鵬の取組前後、白鵬はほとんど汗をかいていなかった。
その後、白鵬は支度部屋で優勝決定戦直前まで体を動かしていた。

ここまでならば当たり前のことだが、この後、白鵬は不可解な行動を取る。
花道に向かう直前、風呂場へ向かったのだ。
そこで何があったのかはわからないが、数十秒程度で出てきた時、上半身はびしょ濡れ。

優勝決定戦の土俵に上がったときも、汗を手ぬぐいで拭き取る雅山と、汗を拭かない白鵬、と対照的な光景だった。

そう言えば、過去に、故意にまわしを緩く巻いて、相手がまわしを引けないようにしていた力士がいたっけ。

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(番外編)

白鵬が把瑠都に勝って優勝決定戦を決めた後、力水をつけるために土俵際で待機している際、解説者の舞の海さん(元・小結)が、同じく解説者の北の富士さん(元・横綱)に怒られていた。
(注:発言は正確には記録していないので、ニュアンスで記述してある。)

舞の海さんが「優勝決定戦が決まったから、支度部屋に早く戻りたいと思っているのでしょうかね?」といった発言に対して、北の富士さんが「大事な場面でしょうもないことを聞くな(怒)」と一言。
さらに、白鵬が支度部屋に戻る時、アナウンサーが傷口に塩を塗るかのように「舞の海さん、やっと白鵬が支度部屋に戻ってこれましたね」と。
これには舞の海さんも苦笑いしつつ「私は優勝決定戦の経験が無いので、どう思っているのか気になったので…」という具合に必死に自己フォロー。

舞の海さんは、元力士の立場で力士の気持ちを視聴者に親しみやすく伝えたかっただけなのに、とんだ災難で、ちょっと可哀想だった。

2006年5月17日 (水曜日)

F1 スペインGP サーキット・ド・カタロニア 2006年

フェルナンド・アロンソ選手(ルノー)、念願の母国初優勝となった。

予選では、1番手のアロンソ選手と、2番手のジャンカルロ・フィジケラ選手(ルノー)で、搭載燃料を若干軽めにしたルノー勢がフロントローを独占。
フェラーリ勢はセカンドローで、3番手のミハエル・シューマッハ選手(フェラーリ)、4番手のフェリペ・マッサ選手(フェラーリ)。
マスコミの意見では、フリー走行時の状況や、最終予選時の搭載燃料から、フェラーリ勢がやや有利と見られていた。

決勝のスタートではルノー勢が1-2を守り、序盤からルノー勢にとって理想的なレース運びとなった。
1回目のピットインのタイミングで、ミハエル選手はフィジケラ選手の前に出ることができたが、すでにアロンソ選手との差は大きく開いていた。
しかも、ラップタイムは僅かにアロンソ選手が速く、2回目のピット後もアロンソ選手の優位は変わらず、勝負がついた。

今回のファステストラップ等からマシンの性能を推測すると、アロンソ選手の母国GPであったことを少し差し引いて、ルノーとフェラーリはほぼ互角ではないかと思う。
一方、昨年は最速マシンと考えられていたマクラーレンは、今年はライバル勢に比べてやや遅れをとっている、といった印象か。

マシンの仕上がり具合に着目すると、この時点で、チャンピオンシップはアロンソ選手とミハエル選手にほぼ絞られた、と言えそうだ。
マシン性能差はほぼ互角と考えられるので(タイヤや改良で形勢が変化する可能性もあるが)、あとはドライバーとチーム総合力の争いが中心となりそうだ。
アロンソ選手の課題は、初めてのディフェンディング・チャンピオンという地位のプレッシャーを乗り越えられるか。
ミハエル選手の課題は、引退を意識しはじめた中、どこまでモチベーションを強く維持できるか、また体力面も心配。

次回はモナコGP(モンテカルロ市街地コース)。
いわずとしれたF1最難関の市街地コースで、美しい景観と裏腹に、非常に危険なコースだ。
このコースはモナコ・マイスターであるミハエル選手が得意とするコース。
マシン性能も重要だが、マシンの性能差以上にドライバーの能力が結果を大きく左右するコースである。
そして、オーバーテイクポイントもほぼ皆無で、優勝するためには予選トップ、悪くても2番手が必須(トラブル発生時は除いて)。
ピット戦略では、周回遅れとの遭遇タイミングをうまくコントロールしなければならない。
いくらマシンが良くても、ドライバーとチームが全力を尽くさないと勝てないのである。
おそらく、ミハエル選手とアロンソ選手の一騎打ちとなることが予想されるが、ここでの勝敗がチャンピオンシップへの大きな影響を与えることとなりそうだ。
次回は、最終予選、決勝スタートから第1コーナーへの飛び込み勝負、ピット戦略に注目すべし。

2006年5月 9日 (火曜日)

F1 ヨーロッパGP ニュルブルクリンク 2006年

ミハエル・シューマッハ選手(フェラーリ)が圧倒的な速さで優勝した。
フェルナンド・アロンソ選手(ルノー)は、2回目のピットイン後、ミハエル選手に追いつけないと判断し、次戦のためにエンジンを温存しつつ、手堅く2位を守った。
3位はフェリペ・マッサ選手(フェラーリ)で、初表彰台に大喜びしていた。

ヨーロッパ・ラウンドに入ってからミハエル選手の2連勝で、いよいよフェラーリの復活の兆しが見えてきた。
しかし、前回のサン・マリノGPは僅差での攻防。
今回は圧倒的に速かったとは言え、ミハエル選手が知り尽くした地元の利があったことも確か。
実際、レース中のファステストラップを見てみると、さすがにミハエル選手は別格、あとはマクラーレン・メルセデス、ルノー、フェラーリの三つ巴に、地元勢のニコ・ロズベルグ選手(ウィリアムズ・コスワース)とラルフ・シューマッハ選手(トヨタ)が肉薄していることからも、地元の利が効いていることが伺える。

次回はスペインGP(サーキット・ド・カタロニア)。
言わずと知れたアロンソ選手の地元であり、有利と見られる。
しかし、高中低速のバランスがとれたサーキットのためか、実は多くのチームがここでテストを行っており、セッティングデータは各チームとも充実している。
よって、各チームのマシンポテンシャルを比較するには絶好のサーキットとなる。
開幕戦から安定した速さのルノー、ヨーロッパラウンドから調子を上げてきたフェラーリ、なかなか実力を発揮できていない様子のマクラーレン・メルセデス。
チャンピオンシップの今後を占う上でも重要なレースとなる。

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